大正11年生まれの漫才師です。読み応えのある内海桂子師匠のTwitterが熱い!

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漫才協会名誉会長、漫才界の重鎮 ”内海桂子”師匠のTwitterがなかなか読みごたえがあると話題になっています。内海桂子師匠は 大正11年(1922年)9月12日生まれの94歳、未だ現役の大師匠で、ナイツの師匠としても有名です。そんな師匠は2010年からTwitterのアカウントを取得、毎日欠かさず何かしらを呟いています。ただ、師匠は自らTwitterに投稿することは出来ないので、入力は24歳年下の夫でありマネージャーが行っているそうです。

また、弟子のナイツの独演会のタイトルは、毎回師匠のツイートの一部が使われている。下記にそのタイトルとツイートも紹介します。

師匠のお言葉


▼クリスマスソングについて

ここんとこ定番のクリスマスソングが全く流れてこない。聖しこの夜とかジングルベルの事だがどこへ消え去ったか。国民皆が歌える歌がある時代は貧しい時で豊かな時代は自分勝手に好きな歌を歌えばいいと某評論家が言っていたがそんなものかね。時期時期にそれを告げる歌があるんだから聞きたいものだ。

— 内海桂子 (@utumikeiko) 2016年12月11日

師匠の中のクリスマスソングの定番は「きよしこの夜」や「ジングルベル」らしい。師匠!お言葉ですが、街に出れば、この2曲は今でもよく聞くと思います!
▼新しい癖

最近変な癖が付いてしまった。それはミカンをむく時に白い筋を全部取らないと気が済まない。缶詰のミカンみたいに完全丸裸にするのだが結構な時間が掛る。亭主はその間に5,6個は食べ終わっている。白い筋には栄養分があるらしいが兎角きれいでないと。人様に迷惑は掛からないので多分今しばらくは。

— 内海桂子 (@utumikeiko) 2016年12月3日

この歳で新たな癖とは、恐れ入ります。師匠、お言葉を返すようですが、缶詰のミカンのように完全丸裸にするというのは大袈裟すぎやしませんか??
▼戦前生まれの大師匠

昭和16年7月に長男を産んでその12月は乳飲み子を抱えながら漫才に励んでいた。太平洋戦争開戦と聞いてもついにかと思う位で物凄い興奮はしなかった。世の中がすでに騒がしくなっていて街でも兵隊さんをよく見かけていた。今思うとこういう心の慣れは時代の判断をマヒさせてしまって怖い事である。

— 内海桂子 (@utumikeiko) 2016年12月8日

言葉に重みがあります!太平洋戦争開戦時に乳飲み子を抱え漫才。そんな経験をしたことある人は現代に全世界に桂子師匠ただ一人でしょう!
▼電柱のない街並み

世界ふれあい街歩きという番組をよく見る。連続で欧州の古い街が。驚くのは14世紀や16世紀の街がそのまま今も使われている事。第一印象はそのきれいさ。よく見ると電信柱がどちらにも無い。勿論家の電燈が灯っているから電気は着ている訳で多分電線は地中にでも。電柱を選ばなかった街造りは凄い。

— 内海桂子 (@utumikeiko) 2016年11月4日

確かに古い街並みがそのまま使われているのは凄い事ですが、桂子師匠が未だに現役で舞台に立ち続ける方が遥かに凄いと思います!
▼蝶

道に落葉が広がっている。亭主が水を撒いてきれいにしたがすぐ後からどんどん増えていく。表通りの街路樹の紅葉が風で脇道にまで飛んでくる。箒ではいていてよく見ると10センチ位のきれいな蝶々が羽をパタパタ。多分亭主の撒いた水が掛ったらしく必死にパタパタ。黄金色に大きな渦巻の羽の蝶だった。

続きは第2ページ


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